2017年11月28日上映会ご感想

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九州大学上映会 2017.11.28

 

■ 考えることが多くありました。当事者たちの話やドイツとの対比があることで現代日本の問題が多く見えました。表現の自由は守られるべきだと思いますし、右派と左派がそれぞれ、より建設的な議論ができるようになり、戦争というものをより広い視点で捉えて、それを防ぐことができるようになってほしいと思いました。(20代)

 

■ 密度の濃い内容でおどろきました。(情報がやや多すぎる感じもうけました)「公」とは何か、「日本を愛する」とは何かが伝わる映画でした。(40代)

 

■ 中垣さんの事、九条俳句の事、何も知りませんでした。公民館職員として日々を慌ただしく過ごしてばかりいて、世の中がこんなにも変化しつつあったのかと、改めて恥ずかしい思いと恐ろしさを感じました。いつの間にか、国民全体がアマ~いオブラートに包み込まれて、声を上げることを忘れさせていってるようなこわさを知りました。(60代)

 

■ 人間として「表現の自由」は当たり前のことだと思いますけど、現実の社会には力によって制限されたり、つぼみのうちに摘み取られたりすることは少なくないです。一番大事なのは私たちの「表現の不自由さ」への自覚だと思います。自覚して私たちに属する当たり前の権利を獲得することで、どんな形でも構いません。
やむを得ない自由の制限にさいして、自由の実現はわたしたち民衆が自由を求める程度によって左右される、民衆が民主的自由を貴重なものと感じない社会においては、変革の政治はたやすく独裁におもむくであろう。「表現の自由」に前向きに戦う人たちの姿に感動しました。(20代)

 

■ 美術館と公民館は住民主体の生涯施設として、もともと政治的に左右されないはずですけど、今、行政の意見を気遣うことが感じました。中国でもそういう例が多い。よくアジア人が「個性がない」と言われましたが、私は個性がないよりこの個性を守る、表現の自由を守る社会環境がないと思います。日本に比べてドイツは歴史、戦争の教育をしっかりしています。日本政府はむしろ歴史に直面する勇気がありません。言論の自由について深く考えなければならないと思います。皆ネットがいろいろ意見を出して、現実の社会が本音を言いづらくなった。本末転倒だと思う。(20代)
 

■ 表現活動(とりわけ芸術)のパワーを排除せず、1つの声として正統的に位置づける(時にはまっこうから批判する)ことが国家には求められていると思いました。そうでなければ、「政治的中立」というのは特定のイデオロギーを封殺するための殺し文句に成り下がってしまいます・・・。(20代)

 

■ 戦争との向き合い方のドイツと日本との違いが印象的だった。表現の自由という観点から、戦争や九条に関する問題以外にも幅広い事柄があると思うので、他にどういった問題があるのかも気になった。はだしのゲンが、不自由展にあったことが驚いた。自分が小学生の頃は図書館で読んでました。(30代)

 

■ 今回は表現の自由と日本における戦争、平和認識の問題が重なる二つの事件を通して、民主的な社会に向けて一人一人が声を発する姿勢とその意味を深く理解しました。禁句やタブーがなく、あらゆる仕組みとシステムが存在すべくして存在し、それに対して一人一人が感じるところ、思うところを率直に述べられ、発信できるのは理想的な社会にとって必要でしょう。(20代)

 

■ 俳句の会の方々の正当な主張が力強く続けられていた事実に尊敬の念を抱いています。
民主主義が軽んじられている今の世の流れに敏感に反応し、抗していくことが本当に大切なのだと思います。それをやっていない自分が情けない!市民がモノを言わなければ・・・。(70代)

 

■ 今でしょう!この映画を沢山に観せること‼ あまりにも知られてないことが多い。第2次大戦の同盟国のドイツと日本の違い、原発をハイシの道を歩もうとしているドイツ、逆に日本は継続にまっしぐら!考えることが沢山ですね!(70代)

 

■ 表現の自由をめぐって考えることの多い映画だと感じました。特に公民館の問題に関して、誰のための公民館なのか、行政の役割は何なのか、改めて問われているなと感じました。行政側は中立性を盾にしていますが、本来“市民のため”の空間であることを考えるならば、行政側の主張のおかしさが目立つような例になっていると感じました。
また、アートという表現に関して作者・表現者の自由は守られるべきですが、一方で表現の受け取り側が表現物を通して意味を構成していく側面をどう考えたらいいのかなと感じました。
今回のドキュメンタリー映画では、受け取り側の話はあまり出ませんでしたが・・・。 もちろん受け取り側に配慮しすぎて、政治に対して声を上げることができなくなってはいけないと思いますが・・・。(20代)

 

■ 1 過去のあやまちをどう扱うのかについてだが、もしそれを忘れようとしたり、無視しようとしたら、まるで人間が自分の長所しか見ていなくて、短所を無視することと同じだと思う。それはちゃんと自分を認識していない不完全な人間だと思う。もしそのような不完全なまま前に進むと、きっといずれ、転んでしまったりするだろう。そして若者には真実を知る権利があると思う。
2 文学や美術などは、作者との心の会話ができると思うし、人々の心の中の何かを喚起することができる。もしそういう表現の自由を制限したり、或いは、権力者がいいと認めるものだけを表現させたりすると、人々は社会の表面的な「和平」しか見れなくて、今まで潜んでいた危機などはいずれ爆発するだろう。(20代)

 

■ 2度目です。むしろおちついてみることができました。(情報量が多いのだと思います)
僕は戦後生まれだけど責任を引き受けたい、といったドイツ人芸術家のことばが心に残りました。行政マンの姿に、アーレントのいった言葉を思い出しました。(40代)